労災保険法 
目的等

  1. 労働基準法では、業務上の災害発生に対して使用者にその補償の義務を課していますが、使用者に支払能力のない場合には労働者が補償されない危険があります。
  2. そこで労災保険が労働基準法で定めている災害補償を使用者に代わって保険給付をするものとされています。

 

目 次

  1. 目的
    1. 労災保険法と健康保険法の「対象」の違い
    2. 労災保険事業の概要
      1. ① 保険給付
      2. ② 社会復帰促進等事業
  2. 管掌

目的(法第1条)

 

重要ポイント

  • 労災保険法の目的(法1条)
  • 「複数事業労働者」が令和2年改正で追加されたこと
  • 「死亡等」の「等」=二次健康診断等給付
  • 労災保険料は全額事業主負担
  • 労災保険には被保険者の概念がない
  • 社会復帰促進等事業は通勤災害にも適用される

特に、

「労災保険には被保険者の概念がない」

という点は重要事項です。

 

労災保険法の目的

労働者が

  • 業務中の事故や病気(業務災害)
  • 複数の事業所で働くことによる負傷や疾病
  • 通勤中の事故(通勤災害)

によって負傷・疾病・障害・死亡した場合に、必要な保険給付を行い、迅速かつ公正に保護することを目的としています。

さらに単なる金銭補償だけでなく、

  • 被災労働者の社会復帰支援
  • 遺族への援護
  • 労働者の安全衛生の確保

なども行い、最終的には労働者の福祉向上を図ることを目的としています。


「複数事業労働者」が追加された理由

令和2年(2020年)の法改正により、

「複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由」

が法文に追加されました。

改正前

例えば、

  • A社で週20時間勤務
  • B社で週20時間勤務

という人が、両方の仕事の負担によって脳・心臓疾患や精神障害を発症した場合でも、各事業場ごとに判断されていました。

そのため、

  • A社だけでは労災認定基準に達しない
  • B社だけでも達しない

というケースでは労災認定されないことがありました。

 

改正後

A社とB社の業務負荷を合算して判断できるようになりました。

背景には、

  • 副業・兼業の普及
  • パートタイム労働者の複数就業の増加

があります。


「死亡等」の「等」とは何か

法第1条の

「負傷、疾病、障害、死亡等」

の「等」には、

二次健康診断等給付

が含まれます。

二次健康診断等給付とは

定期健康診断で

  • 高血圧
  • 高血糖
  • 高脂血症
  • 肥満

などの異常所見が認められた労働者について、

脳卒中や心筋梗塞などの重大疾病を予防するために、

  • 二次健康診断
  • 特定保健指導

を無料で受けられる制度です。

つまり、実際に災害が発生した後の補償だけでなく、

疾病の予防まで含めて保護する制度

であることを示しています。


労災保険法の特色

 

① 業務上の災害を対象とする

労災保険は、

  • 業務災害
  • 通勤災害

に対する保険制度です。

私生活上の事故や病気は対象になりません。

  • 工場で機械に挟まれた → 対象
  • 通勤途中に交通事故 → 対象
  • 休日のレジャー中のけが → 対象外

② 保険料を事業主が全額負担する

健康保険や厚生年金とは異なり、

労災保険料は原則として

全額事業主負担

です。

労働者の賃金から控除されることはありません。

これは、

業務災害の責任は事業主が負うべきである

という考え方に基づいています。


③ 被保険者という概念がない

健康保険や厚生年金では、

加入者を「被保険者」と呼びます。

しかし労災保険では、

労働者であれば当然に保護対象

となるため、通常の意味での「被保険者」という概念を設けていません。

したがって、

  • 加入手続をしていなくても
  • 保険証を持っていなくても

労働者である限り保険給付を受けることができます。


 法第2条の2(保険給付と社会復帰促進等事業)

法第2条の2では、

労災保険は

① 保険給付を行うこと

だけでなく、

② 社会復帰促進等事業を行うこと

も規定しています。


社会復帰促進等事業とは

被災した労働者の社会復帰や福祉向上のために行われる事業です。

例えば、

  • 労災病院の運営
  • リハビリテーション
  • 義肢・補装具の支給
  • アフターケア
  • 遺族援護事業
  • 安全衛生確保事業

などがあります。


通勤災害にも適用される

社会復帰促進等事業は、

  • 業務災害
  • 通勤災害

の両方に適用されます。

したがって、

通勤途中の交通事故で負傷した労働者も、

リハビリやアフターケアなどの支援を受けることができます

労災保険法と健康保険法の「対象」の違い

 

区分 対象
労災保険法(法1条) 業務上の事由、複数事業労働者の2以上の事業の業務を要因とする事由、または通勤による労働者の負傷・疾病・障害・死亡等
健康保険法(法1条)

業務災害(注)以外の疾病、負傷、死亡または出産

  • (注)労災保険法に規定する業務災害

 

ポイント整理

  • 労災保険
    → 「業務上」または「通勤」による災害が対象

  • 健康保険
    → 労災に該当しない私傷病等が対象


 

超シンプル整理

  • 業務・通勤 = 労災

  • それ以外 = 健康保険

労災保険事業の概要

 

労働者災害補償保険は、法1条の目的を達成するため、業務上の事複数事業労働者2以上の事業の業務を要因とする事由または通勤による労働者負傷疾病障害死亡等に関して保険給付を行うほか、社会復帰促進等事業を行うことができる。(法2条の2)

 

① 保険給付

区分 内容
業務災害 業務上の事由による災害に対する保険給付
  • 複数業務要因災害
  • 複数事業の業務を要因とする災害に対する保険給付
通勤災害 通勤による災害に対する保険給付
二次健康診断等給付 脳・心臓疾患の予防のための健康診断等

② 社会復帰促進等事業

区分 内容
社会復帰促進事業 被災労働者の社会復帰を促進
被災労働者等援護事業 被災者や遺族の援護
安全衛生確保等事業 災害防止・安全衛生の確保

 

全体構造(シンプル整理)

労災保険事業  = ① 保険給付(給付中心) + ② 社会復帰促進等事業(支援・予防)

 

社会復帰促進等事保険給付と同様に業務災害のみならず通勤災害を被った労働者に対しても実施されます

 

 

業務災害と通勤災害の「性質の違い」と「給付の名前の違い」


 

① 結論(まずここ)

  • 業務災害 → 「補償」という言葉を使う
  • 通勤災害 → 「補償」は使わない(ただの「給付」)

これは法律上の責任の違いによるものです。


 

② 業務災害とは

● 内容

  • 仕事中のケガや病気

 

 

● 法律上の考え方

会社に責任がある

つまり:

  • 会社が本来補償すべきもの

● だから名称は

  • 療養補償給付
  • 休業補償給付

「補償」という言葉がつく


 

③ 通勤災害とは

 

● 内容

  • 通勤中の事故(電車・自転車など)

● 法律上の考え方

会社に責任はない

理由:

  • 通勤は仕事そのものではない

● でも保護はする

社会保険として救済する


● だから名称は

  • 療養給付
  • 休業給付

「補償」がつかない


 

④ なぜこの違いがあるのか

 

業務災害

  • 会社の支配下で発生
    会社責任 → 補償

通勤災害

  • 労働者の生活行為に近い
    社会的配慮 → 給付

 

⑤ イメージで理解

 

業務災害

「会社のせいだから会社が補償すべき」
→ その代わりに労災保険が払う


通勤災害

「会社のせいではないけど助けよう」
→ 社会保障として支給

 

 

区分 業務災害 通勤災害
会社責任 あり なし
法的根拠 労基法の補償責任 社会保険としての救済
名称 補償給付 給付

 

一言で覚える

「会社の責任なら補償、通勤はただの給付」

管掌(法2条)

法2条は、

労働者災害補償保険は、政府が、これを管掌する。

と規定しています。

「管掌」とは、保険制度を運営・管理することを意味します。

つまり労災保険の保険者は、

  • 健康保険 → 協会けんぽや健康保険組合
  • 国民健康保険 → 市町村

とは異なり、

国(政府)

です。


 

なぜ政府が管掌するのか

労災保険は次の性格を持っています。

 

① 強制保険だから

労働者を使用する事業は原則として強制適用です。

事業主の意思によって加入・不加入を選ぶことはできません。

そのため公的機関による統一的な運営が必要になります。


② 保険給付を迅速・公平に行うため

労災事故が発生した場合、

  • 事業主の資力
  • 企業規模

に左右されず、

全国どこでも同じ基準で給付できる必要があります。


③ 危険分散のため

労災には、

  • 大規模工場事故
  • 爆発事故
  • 自然災害

など巨額の給付が必要となるケースがあります。

国全体で保険財政を管理することで危険を分散できます。


④ 運営コストを低くするため

全国統一制度とすることで事務処理を効率化できます。


 

労災保険には被保険者という概念がない

これは試験で非常によく問われます。

健康保険や厚生年金では、

  • 保険料を負担する者

を「被保険者」と呼びます。

しかし労災保険では、

  • 保険料は全額事業主負担
  • 労働者は保険料を負担しない

ため、

法律上は「被保険者」という概念がありません。

実務上は、

適用労働者

という表現が使われます。


 

実際の担当機関

保険者は政府ですが、実際の事務は厚生労働省が行います。

組織としては、

政府(保険者) →  厚生労働省 →  労働基準局 → 都道府県労働局 → 労働基準監督署


という構造です。

 

都道府県労働局長の役割(則1条2項)

原則として、

労働者災害補償保険等関係事務

は、

都道府県労働局長

が行います。

ただし実際の給付事務の多くは労働基準監督署へ委任されています。


 

労働基準監督署長が行う事務

次の事務は、

都道府県労働局長の指揮監督のもとで

労働基準監督署長

が担当します。

 

① 保険給付

ただし、

  • 二次健康診断等給付

は除かれます。


② 労災就学等援護費

被災労働者や遺族の就学支援費です。


③ 特別支給金

労災保険独自の上乗せ給付です。


④ 休業補償特別援護金

厚生労働省労働基準局長が定める給付です。


事業場が複数の管轄にまたがる場合

例えば、

  • 本社:東京
  • 工場:埼玉
  • 支店:神奈川

のようなケースです。

この場合は、

主たる事務所

の所在地を管轄する行政機関が担当します。


都道府県労働局

主たる事務所所在地を管轄する

都道府県労働局長


労働基準監督署

主たる事務所所在地を管轄する

労働基準監督署長


 

複数業務要因災害の場合

令和2年改正で新設された論点です。


複数業務要因災害とは

複数の事業所で働いている労働者について、

2以上の事業の業務負荷を合わせて労災認定する制度です。

  • A社で週25時間
  • B社で週20時間

働いていた結果、

過重労働で脳出血を発症した場合


生計維持事業とは

複数就業先のうち、

生計を維持する程度が最も高い事業

をいいます。

令和2年通達では、

原則として

給付基礎日額算定期間における賃金総額が最も高い事業

とされています。


A社給与:月30万円

B社給与:月15万円

なら

→ A社が生計維持事業

です。


複数業務要因災害の管轄

管轄は、

生計維持事業の主たる事務所所在地を管轄する

  • 都道府県労働局長
  • 労働基準監督署長

になります。


事務の委嘱(則2条の2)

複数業務要因災害では、

複数の監督署や労働局が関係することがあります。

そこで、

管轄する労働局長や監督署長は、

事務の全部または一部を

他の労働局長・監督署長へ委嘱できます。


なぜ委嘱制度があるのか

例えば、

生計維持事業は東京だが、

実際に災害が発生した職場は大阪

というケースがあります。

事故調査は大阪の監督署の方が迅速にできます。

そのため、

大阪側へ事務を委嘱できる仕組みが設けられています。

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